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大阪高等裁判所 昭和26年(う)1410号 判決 1952年6月23日

控訴人 被告人 片桐新

弁護人 渋谷又二

検察官 小保方佐市関与

主文

原判決中被告人に有罪を言渡した部分を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人渋谷又二の控訴趣意は本件記録に綴つている控訴趣意書記載のとおりであるから引用する。

控訴趣意第二点の一、二について、

記録について調査するに本件起訴状には第二の犯罪事実として被告人が古物商を営んでいる者であるが昭和二五年五月初頃から同年九月初旬頃までの間八回に亘り片山正信から提時計外二三点を買受けながらこれを所定の帳簿に記載しなかつた事実及び罰条として古物営業法第二九条第一七条をそれぞれ掲げているのであるが、検察官は原審第三回公判期日において右本来の訴因に対し予備的訴因として被告人が古物商免許を受けずして前記期間に八回に亘り片山正信から提時計外二三点を買受けて古物営業を為した事実及び罰条として同法第二七条第六条を追加したところ、原審はその予備的訴因を認めて被告人に対し有罪の判決をなしたのである。しかし、右本来の訴因は被告人が古物営業者であることを前提として該営業者としての義務に違背し帳簿に所定の事項を記載しなかつたという不作為を犯罪事実とするものであるに反し予備的訴因は被告人には古物営業をする資格がないに拘らず積極的に古物営業を為したという作為を犯罪事実とするものであつて両者の基礎的事実を共通にするものとは認め難く犯罪の構成要件を全く別異にするものであるから原審における前記予備的の訴因は公訴事実の同一性を害するものといわねばならない。

それ故原審においては須らく本来の訴因について審理を尽し仮りに被告人が古物営業者でない場合であつてもその資格ある者の代理人として起訴に係る不作為をしたことが認められるならば訴因の変更によつてその罪責を問うを妨げないであろうが原審がたやすく前記予備的訴因の追加を許容して本来の訴因につき判決せず新らしい公訴の提起がない限り審判の目的とならない事実につき被告人に対し有罪の判決をしたのは刑事訴訟法第三一二条第一項の規定に違反しこの違法が判決に影響を及ぼすこと明らかであるばかりでなくなお審判の請求を受けた事件について判決をせず、審判の請求を受けない事件について判決をした不法あるに帰するのであるから論旨は理由あり、原判決中被告人に対し有罪を言渡した部分は到底破棄を免れない。

よつて弁護人渋谷又二のその他の控訴趣意に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第三七八条第三号第三七九条第四〇〇条本文に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 富田仲次郎 判事 棚木靭雄 判事 入江菊之助)

弁護人渋谷又二の控訴趣意

第一点原判決には事実誤認の違法がある。

一、原判決が被告人は無免許で古物営業をしたものであるとの事実を認定せられたのは違法である。尤も被告人自身は古物の免許をうけて居ないことは明かであるが実父片桐利兵衛は古物商の免許をうけておりしかも利兵衛は被告人と同居しておる事は原審調書に記載ある両人の住居が同一である事により明白である。而して被告人は時計修理業であり時計修現業を営むには当然古物営業の免許をうくべきが普通である(原審岩本隆一の証人調書御参照)が同居家族の実父が古物商の免許をうけておる以上重ねて息子の被告人が別に免許をうけなくても実父の代理として古物営業をなし得るし又して差支えなしと考へたため特に被告人が古物営業の免許をうけなかつたものである。被告人が片山正信から古物を買うに当つては父の代理として売買仲介行為をしたものである事は原審証人警察職員笹田拡の証言、問、片山正信から買受けた品は古物台帳に書入れていたか、答、書いてありませんでしたが被告人は持つて来た人が信用ある人であれば書き入れないのが古物商の道徳であると申しておりました。問、被告人は古物商として買入れたか個人として買入れたか証人に分るか。答、私の考では父親名義の古物商により買つたと思います。等の供述記載、及び片山正信の原審公判廷に於ける、問、片桐の商売はどんなものを主としてやつて居たか。答、時計の修理業をやつていますが最近は古物営業もやつているようです。問、片桐は証人が持つて来た時計や写真機を所定の古物台帳に記載していたか。答、最初は書いていたようですが後からは私を信用してか記載していませんでした。の供述記載によつて明かな所である。

二、古物商は許可営業であるが同居家族の内戸籍筆頭者が許可をうけておれば他の家族が別に許可をうけなくても事実上古物営業をしておるのが今日の社会の実状である。而して此等の家族が事実上古物営業行為を行つてもそれは名義人の代理か補助者の行為として適法化され之等の行為は法的に処罰を受けないのが社会の実体である。被告人が片山の古物を買つたり又は仲介をしたのは当時の被告人の意思としては父利兵衛が古物商であるから其の代理又は補助者としてやつた事でありそれが故に最初片山を信用しない当時は帳簿に記載して居た位であるから無免許で営業するの犯意なく又実際無免許で営業したものではないに不拘古物営業法第六条違反の事実を認定せられたのは判決に影響のある事実誤認であると信ずる次第である。

三、検察官作成の起訴状にも、「第二古物商を営んで居たものであるが」と記載せられて居る通り被告人が古物商を営業して居た(父利兵衛名義の許可の下に)ものである事は明白であるのに無免許営業事実を認定せられた事は此の点に於ても事実誤認である。

第二点原判決は法令の適用を誤つた違法がある。

一、起訴状記載第二公訴事実は帳簿不記載の事実で古物営業法第十七条第二十九条違反である。しかるに原審公判廷に於て検察官は其の論告中に於て、無免許営業をしたものとして古物営業法第六条第二十七条違反であるとの訴因並に罰条の予備的追加をなす旨陳述せられたのであるが前者は古物商として其の営業中古物営業法違反の帳簿不記載の所為があつたと言うに反し予備的主張は古物商の許可なきにかかわらず古物営業行為をなしたと言うにあつて公訴事実の同一性を害するものであつて刑事訴訟法第三百十二条に反するものである。

惟うに起訴状記載の第二公訴事実では被告人が古物商かどうかが争点となる故に被告人は冒頭陳述に於て、「第二事実については私は営業して居るのではなく父が致しておるのです」とのべたしかるに古物商ではないなら第六条違反であるとの訴因の追加は争点を決定的に変更し被告人は防禦方法を根本から建直さなければならない事になり同一性を害するものであることは明白である。

二、原審に於ける検察官の訴因及罰条の追加は起訴状記載の第二公訴事実に対する予備的請求である事は原審公判調書の記載に徴して明らかである。果して然らば原審はまづ起訴状記載の第二事実について有罪であるか否かを認定し若し罪にならないとの結論に達した時はじめて予備的請求に対して有罪無罪を判定すべきである。これは択一的請求でなく予備的請求である性質上当然であつて従つて原審では起訴状記載第二事実の有無について先づ判断をなししかる後予備的請求事実につき判定すべきであるにかかわらず原判決には第二公訴事実について何等の認定をも与えた証跡なく法令の適用を誤つたものである。

三 予備的請求はあくまで第二次的のものである故に殺人罪でなければ傷害致死罪である又は窃盗でなければ横領である業務上横領でなければ単純横領であるの類であつて予備的の請求は其の本質から是て「同一罪質であることを条件として公訴事実よりも法定刑が軽かるべきである」と信ずる。即ち傷害致死罪でなければ殺人罪である又は単純横領でなければ業務上横領であると言う様な予備的請求は許さるべきでない傷害致死罪として起訴された事実が公判の審理の過程に於て殺人罪であると信ぜられるに至つたときは検察官は訴因の変更をなすべきであつて予備的請求だけでは不可であると信ずる。古物営業法第十七条違反行為は六月以下の懲役又は一万円以上の罰金であるに不拘(第二十九条)第六条違反は懲役三年以下又は十万円以下の罰金であるから予備的請求事実が公訴事実よりも重くかかる場合には訴因の変更をなすべきであるに不拘之をなさず原審も亦漫然之を容認したのは法令の適用を誤つたものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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